IKU ~vol.05 「自己の消滅」は、抗し難い誘惑だ。

 

 「イクということが心の昇華を意味する」と以前書いたが、心の昇華は何もイクことだけではない。心と身体の飢餓感、鬱積した何か、漠然とした不安感から開放されたい、という欲求は、あるゆる行動のモチベーションとなりうる。むしろ人の行動はそれを目的にしている、と言ってもいい。

 「イキたいだけなら、ひとりでするからいいの」と言っていたのは、有名ブログのM女だった。肉体的な苦痛や拘束されることによって得られる自由、開放感というものもある。

 自傷系【リストカッターなど】やOD【Over Dose:-オーバードーズ-(合法)薬の過剰摂取】などの行動も、自殺をしたいから、ではなく、むしろ救われたい、開放されたいからこそ、自ら痛めつける事を繰り返す。

 「健全な行動」と「病的な行動」の境は曖昧で相対的なのだから、良い悪いなどの判断はできるはずはない。ただ、冒険を楽しんでいるわけでもないのに、「自己の消滅」の危険に身を晒すのは本望ではないはずだ。

 それにしても、「自己の消滅」は、抗し難い誘惑だ。恋愛もセックスも、自己の否定と相手との一体化の一面を持つので、「恋愛の帰結は、結婚ではなく死」であったり、「エクスタシーとは自己の崩壊現象」と言われたりする。その瞬間の声が「死ぬぅ?」や「壊れちゃうっ!」だったり、表現として「昇天」などとされるのは偶然ではない。

 このように、「イクは自己の崩壊現象」と見方を変えてみると、イクことは「究極の自己否定」だと分かってくる。職場や人前で纏っている鎧を外し他者への融合を志向しながらも、自分の本質へ向かう最も個人的な旅と言える。鎧を外さなければイクことはできないし、相手を否定しながらイクこともなかなか困難だ。

 相手を受け入れて、初めてその準備ができると言えば、謙虚であればあるほどイキやすい、と言っても納得していただけるのではないか。傲慢で高飛車な態度で「イカせなさい!」と言う態度を一貫していたのでは、イクことはできない。その辺りをよく分かっている性の達人は、服を着せたり脱がしたりするのが得意だ。ルールを決めて破らせたり、拘束して開放したり、我慢させたり満足させたり、、、。高飛車な態度は、プレイとしてあっていいのだが、大概、最後は屈服させられる、というのがお決まりのパターンだ。

 服を一枚一枚脱ぎ捨てていくように、自分の執着している物から事柄から考え方を捨てていかないと、なかなかイク精神構造にはなれない。

 死の淵でわずかな安堵を求める自傷系の人々とイクことによる身近な死を指向する人々との大きな違いは、前者のその行為に救いはなく実際の死が待っているが、後者のそれは、あくまでも再生の希望がある、と言うことだ。

 人の本能と言うのは、とても良くできている、神がいるのではないか、と思ってしまうほどに。イケる人も、イケない人も、生きようと指向する。

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