KAMEYAMAⅡ~vol.19 夫たちの孤独

 

中高年の男性から話を聞いていると、彼らの孤独というのが胸に迫ってくることがある。先日、お会いしたのは今年の暮れに定年退職を迎えるTさん。

「退職後も働くつもりではいるんですが、今までとは違って肩の荷が降りた気がしましてね。年末年始に海外旅行でもしようかと妻に言ったんです。そうしたら『退職後は家庭内別居しましょうよ』って。何を言ってるんだかわけがわからなかった」

妻は8歳年下。見合い結婚して30年になる。借金も暴力もなかった。浮気したことはなくはないが、妻にはばれてないはずだ。2人の子どもが小さいときは、よく家族旅行もした。運動会など行事にも極力参加してきた。それほど家庭を顧みなかったわけではない。なのに妻が、そんなことを言い出したのだ。彼が驚くのも無理はない。

「妻はしみじみ言いました。『私はあなたに愛されている実感がなかった』と。何を言ってるんだと思いました。愛だの恋だのって若い子じゃあるまいし。そう言ったら,妻は冷めたい目で私を見て、『ほらね、あなたは私を女として見てない。私はただの家政婦で子守りでしかなかったのよ』って」

失礼ですが、セックスの関係はありますか、と私は訊ねた。52歳の妻の飢えが、他人事ではなく感じられたからだ。

「もう10年以上ないですねえ。長年連れ添ってきて、今さらセックスでもないでしょ」 彼はまったく問題外というように手を振りながら言った。ああ、やっぱり。決して横暴ではない夫なのだろうけれど、妻の心や体に寄り添うことはなかったのではないだろうか。妻はセックスしたがっているのだと私はあえて断言してみた。

Tさんは突然、黙りこくってしまう。しばらくして、「本当に妻にも性欲があるんでしょうか」とこちらが驚くようなことを言った。「最後に誘ったとき、妻が嫌がったんですよ。それっきり誘うのをやめた。だから妻には性欲なんかないと思って、私はときどき風俗なんかに行っていました」

そうしているうちに、妻の心は夫から離れていったのだろう。今になってセックスだけしたところで、心が寄り添えるかどうかはわからない。だが、若い頃のようにデートに誘ってみたらどうかと話してみた。

後日、彼からメールが来た。

「妻は頑なで、家庭内別居だけは譲れないそうです。寂しい老後が待っています」

夫にしてみれば、自分は何も悪いことをしていない。なのに、定年を目前にして、妻の心が冷え切っていることを突きつけられる。これは最近、増えている夫婦の実態だと思う。こうなる前に、せめて40代くらいのうちに、妻の心と体をもう一度、きちんと見つめ直してみる努力が、男にも求められているのではないか。

せっかく長年一緒に歩んできたパートナーが身近にいるのだから、最後まで仲良く添い遂げてほしい。そのためにちょっとした努力を惜しんではいけないのではないか。寂しい老後が待っていそうな私は、心からそう思っている。

 

 


著者:亀山早苗
明治大学文学部卒業後、フリーランスライターとして活動。夫婦間、恋人間のパートナーシップに関する著作多数。女性の立場から、男女間のこまやかなコミュニケーションのひとつとしてセックスを重要視する。 亀山早苗公式サイトはこちら・カフェ・ファタル

復讐手帖─愛が狂気に変わるとき 亀山早苗(著)

発売日: 2017/9/22
亀山 早苗 (著)
男の裏切り、心変わり…別れた男、不倫相手、夫…行き場を失った女の想いが向かう果て。ボンド、下剤、剃毛、暴露、破壊、尾行…実録!復讐劇の数々。