KAMEYAMAⅡ~vol.18 夫への積年の恨み パートⅡ

 

夫が大事にしてくれなかったから、私は不幸なまま年とってしまった。
そう訴える女性は少なくない。だが、そのとき、「あなたは夫を大事にしてきましたか?」と訊ねると、多くの女性はぎょっとした表情を見せる。

恨み辛みを長い年月、抱えていると人は顔が歪んでいく。笑ってもどこか歪んだ表情になってしまうのだ。

「三年前、定年を目前にして、夫が脳梗塞で倒れて入院したの。その後、家で介護が必要な状態になった。本当はリハビリにつれて行ったりしなければいけなかったんだけど、どうしてもその気になれなかった」

50代後半になるR子さんは暗い表情でそう言った。夫はごくまじめな仕事人間。ただ、彼女には、子どもの面倒もろくに見てくれなかった、子育てで忙しくて大変な思いをしていても、ねぎらいの言葉ひとつかけてもらわなかったことが、ずっと心の奥底にひっかかっていた。

「私が40歳になるころには、それまで細々とあった夫婦生活もなくなった。夫は夜遅く帰ってきて寝て、朝、シャワーを浴びて出ていくだけ。仕事が大変だとわかっていても、こっちもいたわりの言葉をかける気になれなかったんです」

浮気も暴力も借金もないのに、夫婦の気持ちは少しずつずれていく。意識的にコミュニケーションを図らないと、多忙な中年期は特に夫婦関係が乖離していきやすいのかもしれない。

そして夫が倒れたとき、R子さんは、きちんと面倒をみないことが夫への復讐になると思ってしまった。

「それならいっそ離婚すればいいんだけど、病気の夫を見捨てたと言われたくはない。だから積極的にリハビリを薦めないことで、夫が弱っていくのを待っているような気がします」

夫にしてみれば、寂しい病後に違いない。
生きていていいのか、とさえ思うだろう。

「でもね、それは私が長年味わってきた気持ちそのままなんですよ」

R子さんが歪んだ笑みを浮かべた。夫婦として暮らしながら、彼女は絶望的な孤独感を味わっていたのだろう。それが初めてわかって私は言葉を失った。

微妙なずれから、コミュニケーションを図れなくなり、そのまま年月を重ねていくと、いずれ決定的な溝ができあがってしまうのだろう。
今、彼女の夫は決して幸せな状態ではない。だが,夫を精神的に見放している妻もまた、荒んだ気持ちでいる。一緒に暮らしていれば、なんでもわかるわけではない。夫婦間のコミュニケーションの重要さを改めて感じさせられ、私は暗澹たる気分になっていた。

 

 


著者:亀山早苗
明治大学文学部卒業後、フリーランスライターとして活動。夫婦間、恋人間のパートナーシップに関する著作多数。女性の立場から、男女間のこまやかなコミュニケーションのひとつとしてセックスを重要視する。 亀山早苗公式サイトはこちら・カフェ・ファタル

 

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