KAMEYAMAⅢ~vol.19 妻の性欲にたじろぐ夫

 

つい最近、離婚したという修さん(50歳)。仕事が多忙で、毎日午前様という状態だったのだが、ある日、深夜に帰宅したら、家財道具が消えており、妻はいなかったのだという。

「もう何年もまともに会話すらしていなかったから、こういう日が来るような気はしていたんです。でも実際に、寝室のツインベッドがひとつになっているのを見たときは、愕然としました」

リビングの床に、すでに妻が押印した離婚届けが置かれていた。薄っぺらいひらひらした紙を見て、彼は思わず床に座り込んだ。

「その後、彼女の携帯はつながらなくなり、一ヶ月ほどたったとき、家の留守番電話に妻の声が入っていました。『夜中にたたき起こしてでもセックスしてほしかった』と。驚きました。彼女は全然、そんなそぶりは見せなかったから。てっきりセックスに興味がないんだと思っていた」

40代の女性の性欲は、男性が考えるよりずっと強い。中には、すさまじいとすら言える女性もいる。おそらく、男性がペニスに振り回される、10代後半の性欲に匹敵するのではないだろうか。

本当に妻からのサインはまったくなかったのかと修さんに訊ねると、彼はしばらく考えてから口を開いた。

「そういえば、明け方、急に僕のベッドに潜り込んできたことが何回かあったかもしれない。あのころは毎日疲れ切っていたから、朧気な記憶だけど。彼女のほうこそ、僕をたたき起こしてくれればよかった……」

疲れて泥のように眠っている夫をたたき起こせるほど、妻は非道ではなかったということなのだろうか。それにしても、突然、出ていくという行動に出ざるを得ないほど我慢しなくてもよかったはずなのに。

「10年以上一緒に暮らしていたのに、結局、お互いに幸せだなと思ったのは、たぶん最初の1年くらいじゃないかなあ。子どももいなかったから、今になると結婚生活って何だったんだろうと感じますね。50歳の独り身の男って、なんだか情けない」

仕事帰りに外食、あるいはコンビニで弁当を買う。たまに風俗に行き、妻と暮らしていたがらんとしたマンションに帰る。今のそんな生活を彼は淡々と受け入れ、こなしているようだ。

「もう1回くらい、ちゃんとした恋愛してみたいと思っていますよ」

言葉は前向きだが、表情はどこか冴えないままだった。

 

 


著者:亀山早苗
明治大学文学部卒業後、フリーランスライターとして活動。夫婦間、恋人間のパートナーシップに関する著作多数。女性の立場から、男女間のこまやかなコミュニケーションのひとつとしてセックスを重要視する。 亀山早苗公式サイトはこちら・カフェ・ファタル

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