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恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新

寂しいからだ

 

客との待ち合わせのカフェに道男が座っていた。どうしたの? と声をかけるより一呼吸早く、別の女が隣の椅子に座った。あたしは一瞬にして、しかも驚くほど冷静に状況を把握した。

 亜衣だった。あたしはカウンター席に座るふたりの背中が見える位置に座る。ふたりの関係に気付いたのは2年半前だった。亜衣は、あたしが通っていたデッサン教室のモデルで、道男はそこの臨時教師。あたしと道男が友達っぽくなったころ、ふたりの教室でのやりとりでなんとなく、道男が亜衣を買っていることが分かった。一度か、多くても2、3度だと思ってた。だって道男はすぐにあたしと付き合いはじめたから。

 でもちがった。道男は器用な男だったのだ。

 あたしは、今や亜衣と同業だ。だからよく分かる。このふたりは今も恋愛関係じゃなく、金で割り切ってセックスする関係だ。何年も恒常的にそれを保ってきたに違いない。それから、亜衣はとても寂しい。スースーする。こんなに美人なのに、すごく悲しい。この人は多分、自覚してないんだ。それが当たり前なんだ。その代わり自分の美貌が目立つことはよく自覚していて、流行を意識しないことをわざとアピールするような黒いロングヘア、あっさりしたワンピースとカーディガンでそれをいやらしいほど引き立てていた。品のよい刺繍が高価そうなミュールはすごくヒールが高くて、からっぽな自意識の強さそのものだった。わたしは死角になる席でふたりの交渉に聞き耳を立てた。

 ボソボソと挨拶のようなものを交わしたきり、ふたりはあまり話さなかった。愛想を取り繕うはずの亜衣は美貌に似合わないほど力の抜けた雰囲気で、道男はあたしが読み取った亜衣のいやらしさをありのまま受け入れているようだった。あたしには、ふたりの静かな空気が辛かった。

 その時、スーツを着た太っているがこぎれいな中年男が角のソファに座り、こちらをチラチラ伺いはじめた。あたしは席を立ち、声をかけた。彼はいきなり愚痴を始めた。「君がまりこちゃん? お店になんとか言っといてよ。忙しいのにいきなり電話かけてきてさぁ、いい子がいるからってムリヤリ、断り切れなくてさぁ。参っちゃうよ」

 あたしは媚びた。こんなプライドのない仕事は初めてだった。まるで自分が悪いことをしたかのように謝って、罪のないはにかみを見せた。「お忙しいようだったら、あたし帰りますけど…」「いやいやいいんだよ、君は悪くないんだから」半歩後ろをついてホテルに着くと、バスタブに湯を張り、男のジャケットを脱がせ、シャツのボタンを外した。カフェから出るあたしたちに、道男は気付いただろうか。バスタブの湯を待たず男の股間をそのまま舐め、のどの奥までくわえ込んだ。すごく美人な亜衣のフェラ顔はどんな? 「風呂、入ろうよ」「このままがいいんです」「いつもこんなイヤラしいの?」「今日だけ…」亜衣と道男は何を話すの? それとも何も話さず、知り尽くした体を味わい合うの? あたしの性急な情欲に男はひるまず、それどころか喜んで迎え入れた。こんなあたしをおかしいと思えない男と体を重ねていることが、きもち悪かった。でも子宮は人のぬくもりを渇望して、濡れていた。道男とはもういつからしてないだろう。

 次の客は「ピル飲んでるから」とウソを言って生で入れた。こんなに男を渇望したのは初めてだった。子宮が喉を鳴らして精液を飲み干した。ごく、ごく、という音がからだの中で響いた。

 道男があたしを大好きで大切なことは分かってる。亜衣とのことが恋愛じゃないのも、かといって簡単に関係を消してしまうほど粗末なものではないのも、よく分かる。道男が好きだ。でも寂しくて寂しくて、苦しかった。からだじゅうの細胞が、もう耐えられないと軋んいた。

 あたしは衝動的に電話した。道男は出ず、あたしは留守電に声を残した。「別れなきゃ。ごめんね。今度荷物、取りに行くね」

 それからUさんに電話した。彼は出て、あたしは言った。「今から会いたいの」








Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
mixiもやってます。
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TAGS: 恋愛とセックス


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