そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新
美人とは、周りにいい気持ちかいやな気持ちのどちらかを与えるものだ。亜衣は後者。道男の穏やかな心を揺さぶったし、あたしの健やかな心にたちの悪い傷を付けた。
絵画モデルとして亜衣が現れたのは、3年前の寒い日だった。毛布の上のふくらはぎの鳥肌、ストーブに当たる背中と腕と脇腹の赤いほてりを、スケッチブックに写し取ったのを覚えてる。あたしは趣味でデッサン教室に通っていた。道男はそこの臨時講師として、土日だけ教えに来てた。
彼女が道男に体を売ったのは、あたしと道男が親しくなり始めたころだと思う。男が女を買うのは珍しいことじゃないし、そのうちの1人が知っている絵画モデルだったとしても気に病むほどのことじゃない。
人はだれでも無意識のうちに自分を作るものだ。見栄を張ったり、状況に応じて変えることもある。だけど亜衣はひどかった。全部が嘘だった。きたなかった。亜衣が裸になるのは、自分を自分にごまかすため。プライドも本音もない、相手への尊敬も、相手との対話もない。しかもこの女は美しさだけでは事足りず、虚言を吐き、だれにでも何にでも好戦的に挑んだ。
彼女があたしに与えた傷は、塞がらず、今もジクジク痛んでる。
深夜の桜は恐い。昼間の生き生きとした美しさの裏側にひっそりと横たわっている。きれい。あたしはもっともっと体の芯までそれを感じたくて、分厚いコートを脱ぐ。きれい。きもちいい。
冷たい空気が肌にしみた身震いしながらカットソーも脱いだ。ブーツを脱いで足の裏に若草を踏んだ。つくしの青葉やナズナやちいさなすみれ草や、芽吹いたばかりのたくさんの雑草を踏み潰した。殺すことで感じる生命がいとおしかった。あたしは薄いキャミソールのワンピースだけになった。突き刺さるような寒さもいとおしい。
普通に暮らしているだけで、グロテスクなものは避けて通れない。そんなもの見ないですむなら見たくないはずなのに、あえてそれを見たがるあたしはどこか人間の機能が狂ってしまったんだろうか。それとも、狂った部分を直そうとしてるんだろうか。
★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
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