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恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新

黒いブーツと赤いブーツ

 

久しぶりに会ったユキは、黒いブーツを履いてた。はみ出ず、仕草のひとつひとつが窮屈なっくらいちゃんとして、どこかのだれかと区別が付かない。言葉のイントネーション、表情作り、顎を引いて控えめにでも心は開いてるよって相手に伝えるための、笑い声。前までぜんぜん気にならなかった彼女のあらゆる所作が、今は鼻について仕方がない。「カプチーノ」というオーダーまでまるで意図的に自分らしさを薄めようとしているみたいで、「ほんとにそれ、飲みたいの?」と聞きそうになった。

「新しい職場、どう?」

 順調だよ。あこがれのデスクワークでオーエルっぽく呑気にやってる。時給だから残業しても気にならないし、前よりは給料もマシ。ウソばっか並べながら、あたしは自分の赤いブーツを見つめてた。ユキに比べてあたしはかわいかった。丸くてゆるいラインを形作る黒のワンピースに、深みのある赤いブーツはよく合った。濃いグリーンの丈の短いフードジャケットとキルティングのショルダーは昨日買ったばかり。それから桜貝のピアスとネックレスも、ストッキングも、とにかく今日身につけてるものは全部、今年新しく買ったものだ。

「そういえばね、」

 お客さんにクロエの下着買ってもらっちゃった、という自分の言葉を先読みして言うのをやめた。あたしは数ヶ月前まで、ユキと一緒に都内の有名デパートのテナントで洋服を売ってた。毎日毎日、店長の目に切迫感を煽られながら、声を掛けたら逃げてくに違いないお客さんにまで声を掛けて、物欲を煽って煽られて、ただでさえ足りない給料で店の商品を買わされて、あんなの社割りが利くっていったって結局、カモにされてるだけなんだ、そんなの分かってたけど何も言えず、毎日虚しく働いていた。給料は、手取り18万円以下だった。会社の愚痴、彼氏の愚痴を言い合って、あたしたちは仲間だった。親友だった。

「うん、なんかさ、最近カレシがかまってくれなくってさぁ」
「えー倦怠期ってやつ? いーな、羨ましいよ。私なんてもう2ヶ月も独り身なんだから」
「別れたの?」
「だって結婚してくれないんだもん、3年だよ?」
「会ってないの?」
「ご飯くらいは食べるけどさぁ」
「痴話げんかじゃん」
「違う! セックスはしてやんないんだから」
「アハハ」


 あたしは「お客さんに恋しちゃったかも」って話をしたかったけど、代わりに道男の愚痴を言った。プロっぽいオンナと客っぽい男は高い商品を売りつけるいいカモだったし、いつも見下してバカにしてた。それから、架空の「派遣社員の仕事」についても愚痴った。辛かった。ユキは相変わらず愚痴っぽくて、でもあたしより幸せそうだ。

 改札口で手を振ったユキが踵を返して雑踏に消えた途端、あたしは泣いた。友達をひとり失くした。新宿駅の改札で泣きながら、ほかにも何か失くしたかもしれない、だからユキとうまく話せなかったのかもしれないと思った。でもそれが何かもう分からない。新宿駅の、一様にマトモな人々に呑まれて泣きながら、虚ろに思いつく行き先は伊勢丹だけだった。かわいい服を見て元気になろう。あたしには、今日稼いだ7万円がある。




Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
mixiもやってます。
★ホームページはこちら→らららん。


TAGS: 恋愛とセックス


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