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恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説

 熱を帯びたケータイ

 

 昨日、別の人とセックスをした。

 体温が上がる、汗が出る。トイレで経血を流し、大便をし、流しながら嘔吐物を吐く。せめて仕事がしたいと思った。正当な理由で体を触られれば、昨日のことは消えるんじゃないかと。

 アレを道男にやられてたとしたら。

 触れるか触れないかの距離で半開きになった唇を焦らされ、手を引かれるように入ったホテルであたしの方だけ服を脱がされ、散々愛撫された挙げ句にやっぱり唇は焦らされ、言われるままに四つん這いになり、上になり、加虐願望に充ちた肉欲をただ与えられる。ヘッドボードに頭を凭せかけられ、口を性器のように使われ、身動きすることもできないまま、射精される。

 あんなことを、いつも入れてくれない道男にやられてたとしたら、あたしはうれしいだろうか。

 あのときはなんでもなかったのに、今さらこんな、えぐられるような虚しさ。せめて仕事がしたい、なんてウソ。虚しさを癒すはずのお金は、その瞬間の虚しさは癒せても、翌日の虚しさまでは埋めてくれない。あたしを見れば分かる。この涙、この寂しさ。

 それでも体は引きずられるように欲情していた。トイレの床で体を触った。いつもすぐ目の前にある道男の襟首の、肌質や匂いや味、今はないのにここにあることにして、それを貪った。泣きながら自分を騙して欲情に溺れる。でも、昨日のよりはキレイな行為だ。あたし一人。恋人とのセックスよりキレイかも。

 泣いてイッて声を上げて泣いて、床に落ちていた携帯を拾った。道男への発信履歴は3つ目だった。声を聞きたい、でも今のあたしは汚すぎる。新しい発信は、あたしの体を買う客と、顔さえ思い出せない女友達。昨日の男は電話番号さえ教え合わなかった。

 携帯は充電中の赤い光を点滅させて、まるで小さな心臓のようだった。この部屋で唯一の、あたし以外の生き物だった。人肌ほどの熱を帯び、手のひらに収まっている。あたしはそれを両手で胸に抱きしめた。

 人のからだは宇宙の節理の一部だ。例えば今このからだは、この1か月で溜まった汚い物を全部排出している。病気じゃない、全部出したらきれいになるから、今は肌も髪も心もぐちゃぐちゃで、気持ちがいい。センチメンタルな思いに囚われて泣くのも、欲情に溺れるのも。心と体はすごく密接に影響し合っていて、あたしのちっちゃな脳みそじゃコントロールがきかない。もはや他人事、いつものことだ。




Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。 愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。


TAGS: 恋愛とセックス


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