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恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新

雨は冷たい

 

昼過ぎに目を覚まし、冷たい水を飲んで読みかけの本を読む。雨の音があるから音楽はかけない。夢中になって、半年がかりで読んでた分厚い本はあっという間に、爽快な終演を迎える。充足感。サァサァというやさしい雨音。昨夜の客の記憶を辿りながら、あたしは思い出していた。

 雨の日に、いろんな人といろんなふうにセックスをした。自分の声と、相手の声と、液体の音と、それから耳を舐める音とか、温かい息とか、肉の柔らかさとか、ささやく言葉、終わった後の内側の痙攣、いってないあたしが、まだもう少し欲しがってる感覚。

 Aには恋人がいた。だから、あたしとするより気持ちいいセックスをいつもしてた。彼はある時、あたしと唇を合わせてしまった。唾の味を感じ、あたしの太ももを触った。Aは恋人が大好きだった、恋人とのセックスの方が気持ちよかった。でもあたしのことも愛おしかったのだ。翌日、豪雨がベランダの窓を叩き付ける寒い日の朝、彼は会社を休んでうちに来た。あたしは受け入れ、許し、カーテンを閉めた。雨音は彼が帰ってからも一昼夜鳴りやまなかった。

 Bはいつもあたしを笑わせた。あたしは、笑いながら狂おしくBを好きだった。愛しく思ってほしくて必死に愛撫した。でも彼はあまり感じなかった。いつも仕事で疲れていたのだ。大雨の日も、愚痴ひとつ言わず黒いウインドブレーカーを羽織って原付きに乗って出かけていった。あたしといるより、働かなくちゃいけないから。それでもいいの。彼のいない彼の部屋で、彼の匂いの煙草を吸って、それから自分で自分の体を触った。彼とのときはいかないのに、ひとりで声を上げていった。雨が彼の部屋のベランダに落ちていた。きっと彼の仕事場の窓の外にも降ってる雨。ごめんね。

 昨日、20時。新宿伊勢丹の洋服に麻薬的な刺激を受けたあたしは、誰もいないひとりの部屋に帰ることができなくて、小さなクラブに入った。掛けられる声を軽く交わしなが、密室で知らない人と音を共有した。狭くてあまりきれいじゃないトイレに入り、メイクを直す。うす暗い店内。壁にもたれてどうしようか考える。「疲れたの?」好みの服装。メイク、直しといてよかった。「うん、少し」「なんか飲む?」「ううん、いい」「オレ、なんか買ってくる。おごるよ」「うん」で、少し飲んでまたいい気持ちになって、彼に触りたいと思う。「出よっか」と言われ受け身のまま店を出た。彼が手を取ってきた時も拒まなかった。一夜を過ごした帰り、つないだ手は来た道よりよそよそしかった。あたしたちはこれっきりで、言うべきこともなかったから。朝に向かうきれいな青い空の下で、きれいに片付いた自分の部屋を愛しくなつかしく思った。帰って毛布にくるまって眠ろう。起きたら外に出なくてもいいように、帰りにコンビニでたくさん買い物をした。

 セックスなんてほんとはどっちでもいい。してもしなくても。ときどき会って少しやさしくしてもらって、あたしもやさしくしてあげて、それだけでいい。

 道男に会いたい。携帯を手に取る。指に癖がついてしまった道男への発信、でもしゃべりたいのは道男には言えない、今のあたしで道男に甘えるのは失礼すぎる。画面を切り替え友達リストをスクロールした。安藤、宇野、加賀、小原、後藤……、平田ユキ。ユキは前の勤務先の友達だ。

「久しぶり」
「めずらしいじゃん、何やってんのー?」
 退屈そうな、でもそれは久しぶりに聞く「外」の声だった。





Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
mixiもやってます。
★ホームページはこちら→らららん。


TAGS: 恋愛とセックス


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