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恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新

温湿布の誘惑

 

ベッドに就く前に道男は一日散らかし続けた机を片付け、白湯を飲み、煙草を吸い、トイレへ行き、歯を磨き、パソコンの電源を落とす。あたしは音だけでそれを知る。本棚が視界を遮っているけれど、道男の動きは動きは手に取るようによく分かる。ベッドに向かって歩いてくる。

 やっと道男の肌に触れられる。

 部屋の明かりを消して、ベッドに入る、布団に入り壁にもたれ、コンタクトを外す。白湯の残りを飲み干し、もう1本タバコを吸う。眠る前の習慣が終わるまで、あたしは布団でじっと待つ。

 眠る前の習慣がなぜこんなに多いのか、聞いてみたことがある。道男は「1度習慣になったら減らないんだから、増えるのは当たり前」と言った。当たり前じゃないと思う。ちょっと異常だ。その異常さは、この部屋の物の多さに似てる。ベッドは本棚に包囲されているし、DVDはテレビの裏にまで達し、玄関に置ききれない靴は備え付けの食器棚を浸食している。

 ベッド脇のクリップライトが枕元に仄暗く光を残す、めがねを枕元の棚に置き、布団の中で薄くて広い背中を丸める。

「ねえ、貼って」

 甘えた声。あたしは薬箱に載っている温湿布を取り、Tシャツ越しに肩の凝りを確認した。へたったTシャツの襟ぐりを引っ張って産毛の生えた首筋を顕す。なんてなめらかで温かい肉。あたしは凝りに唇を付ける。舌で道男の温もりをなぞり、かぶりつく。「ちゃんとやってよ」と振り向く道男。その薄いくちびるをあたしのくちびるで塞ぐ。

 あたしのくちびるはぶ厚い。道男を食べてしまいそうだ。本当は、かわいげのあるつつましいくちびるに生まれたかった。でも道男はそんなことを気にせず、あたしのぶ厚いくちびるをはんでくれる。舌と舌が絡み、大きくて節くれた指があたしの乳房を包む。指先が冷たい、あたしはそれを我慢する。言葉も声もない、呼吸だけで絡み合うセックス。

 あたしの下半身は汗と愛液でぐしょぐしょだった。道男のも固く大きくなっていた。でもそれだけだった。キスと愛撫とグショグショと勃起、それだけ。キスしながらおっぱいを触りながらおちんちんを触られながら、道男は寝息を立てて寝ていた。赤ちゃんみたいな寝顔だった。

 この部屋は異常だけど道男らしい。ここにいるあたしもきっと道男らしさの一部なんだろう。前戯だけのセックスは、道男が眠る前に欠かせない習慣のひとつなんだろう。

 あたしは、あたしの体に巻き付いたまま眠る道男の肩に、温湿布をそっと貼った。




Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
mixiもやってます。
★ホームページはこちら→らららん。


TAGS: 恋愛とセックス


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