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恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新

光る夜

 

太股を持ち上げ、臀部に腰を打ちつける男。店の強引な電話 営業に負けてポケットマネーを使ってしまった営業マンは、卑 屈でヤケなピストン運動を続けている。あたしは雌猫のように のどから鳴き声を絞り出す。男の動きに合わせて声もリズムを 刻む。汗が男の額に滲みはじめ、やがて玉となりあたしの頬に 落ちる。

 なんて下手クソなんだ、この男。彼のセックスはこう言って いる、「仕事がつまらない」「女が相手をしてくれない」。だ ろうね、こんなじゃね。男の睫毛溜まった汗がまたあたしの頬 に落ちる。男がムキになればなるほどあたしの体は女ではなく 、無感情な道具になる。

 時間にして2時間。2cc前後の精液をやっと排泄した男は、 女の形をした道具に3万円を支払った。そしてスーツで裸を隠 して社会人を取り繕い「あぁ、」とため息を吐いてき、ペット ボトルの水を飲む。せめて順番を入れ替えられないだろうか。 「またやっちゃったよこんなバカな買春」というため息を「水 を飲んでホッとした」というため息にすり替えるだけの、たっ たそれだけの気遣いさえできないんだろうか。小さい男。買わ なきゃいいじゃん最初から。こんなことに3万円は高いよなあ 、あたしには関係ないけどさ。

「さっき、少し気持ちよくなっちゃった。また機会があったら 呼んでくださいね」
「うん、ありがとう」
 男と別れた新宿から広尾に着くまでの15分で、彼はあたしの 記憶から消えた。

 Uさんは、約束の場所で車を駐めて待っていた。
「こんにちは」
「タクシーで来たの?」
「うん」
「言ってくれれば迎えに行ったのに。久しぶりだね」
「まだ一週間だよ?」

 シートに座るあたしの仕草を見つめる目、やさしい笑顔。キ スはない。「会いたかったよ」なんてどっちでもいいことも言 わない。その代わりに、ギアを入れる前にそっと、味わうよう に手を握る。5秒程度のスキンシップ。お店を介さない初めて の待ち合わせで、知り合ってまだ2回目だった。それなのにあ たしはもう欲情していた。この人はすごい。あたしは彼のなす がままでいればよかった。

 車は都会のゴミゴミをすり抜けて美しい日本庭園に滑り込ん だ。あたしは大正時代に建てられたという荘厳な、でも親しみ のおける建築と物静かでスマートな接客に包まれて、生まれて 初めての北京ダックとキラキラ光るフカヒレを食べ、甘いアル コールを飲んだ。それからあたしたちはセックスをした。

 車で送ってもらった帰り際、Uさんはあたしに5万円をくれ た。これは仕事。初めて自分で掴んだ、割のいい、気持ちよく て楽しくて、体中を「やりがい」で満たしてくれる仕事だ。道 男のアパートまでの50メートル、マンションの谷間を歩きなが ら、ポケットの札を財布にしまった。明日はネイルサロンへ行 こう。シンプルで、濡れたように光る大人っぽいのにしよう。

 ああ、世界がきれい。宇宙が大きい。あたしは今、人生を自 分の足で歩いてるんだ。このままこの光るの夜を昇って大気に なりたい。




Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
mixiもやってます。
★ホームページはこちら→らららん。


TAGS: 恋愛とセックス


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