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恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新

服のオーロラ

 

道男は電気を灯けっぱなしにして寝る。だからあたしはいつも寝付けない。

 穴蔵みたいなベッドで仰向けになると、天井からたくさんの服があたし目がけて吊り下がっている。服を下から見たのは10ヶ月前に、この部屋で寝るようになってからだ。この部屋では、梁と壁に渡した突っ張り棒がクローゼット代わりなのだ。それにしても、と思う。服もかわいいのは正面だけで、下から見るといやなところばかり見えてしまう。内側の縫い代や擦れた裾、陰も多い。それらはじっと静止していて、見ていると遠近感がなくなっていく。

 腕を伸ばして服を触る。ゆらゆら、ゆらゆら。やっと布らしい表情。うれしくなって腕を振ると、丈の長いスカートが大きく揺れて、ほかの服に波紋を広げる。赤や緑や水色、縞、水玉、紐にリボン、コットンやレースや……。ああ、うっとり。贅沢な天蓋だ。

「オーロラみたい」

 声に出したらうっとり気分は一瞬で消え、代わりに、昼間Uさんとした体中の凝りが全部ほぐれるような最高のセックスが甦った。道男に背を向け記憶をたどる。

 池袋の北口にある陰気くさいラブホテルは、Uさんの雰囲気とぜんぜん馴染んでいなかった。なぜならUさんは太陽みたいな人だったのだ。最初に3万円を渡されたのと、あの窓のない石鹸臭いホテル以外、あたしたちには売春婦と客らしいところがまったくなかった。37歳になるというUさんの肉体にたるみはなく、胸板が厚くてウエストは締まっていた。彼はあたしの横に座ると、何も言わず、少しぎこちないキスをした。ちゃんと初めてのキスって感じだった。それからバスタオルを脱がせ、首筋や背中を指先でそっと撫で、乳房を揉まれ、乳首をつまんだ。

 ベッドに倒されるまでずっとキスしてた理由は、顔を見たり見られたりするのが恥ずかしかったからだ。かわいい。なすがままになりたい。そう思って、実際にそうした。強い握力に彼の欲情を感じながら、2回はイッてしまった。

 最初はカギまで掛けたのに、セックスの後のシャワーはバスタブのドアが半開き。あたしも気付いたら半開きになっていて、空気が、ちょうど今したセックスの分だけ馴れ合っていた。こんなに健全なプレイは人生で初めてだった。

「また会おうよ」
「……うん」
「仕事の休みは?」
「木曜、かな」
「そっかあ。じゃあ夜になっちゃうけど、6時に広尾は?」
「広尾?」
「うまい中華があるんだけど。ほかに食べたい物ある?」

 いやだったら行かなきゃいい。あんな約束、あのホテルのソファの合皮くらい安っぽいものだ。けど、この人はたった2時間の間に、3回も射精してくれた。ちゃんとコンドームも付けてくれた。ちゃんとテレくさい、ちゃんと気持ちいい、ちゃんとノーマルなセックスだった。そして手際よく次の約束まで取り付けてくれた。あたしはきっと、行くだろうな。

 道男が背中にくっついてきて、あたしの乳房を手で包んだ。布団の中でおちんちんを触る。やわらかい。……なんだやっぱり寝てるのか。道男はもう2か月もしてくれない。あたしはいつものように、道男の腕の中で唇を見つめながらオナニーをした。




Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
mixiもやってます。
★ホームページはこちら→らららん。


TAGS: 恋愛とセックス


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