ラブリーポップ公式マガジン

恋するばいた

そのどっちもが、マリ子の本当の日常でした。 プチ小説・毎月25日更新

あたしひとり【最終回】

 

コンビニで買ってきた求人雑誌には、ばかばかしいほど薄給の仕事がたくさん並んでいて、それは厚みにして18ミリもあった。あたしは今まで感じたことがないほどウキウキした。コンビニは夢を売るなあ! とベッドの上でほほえみながら、機械的に口に運ぶコンビニおでんの、当たり前のおいしさを感じた。

 ひとりになった。たったひとり。道男と別れてUさんともきっとこれっきり。友達もいないし、仕事もやめちゃった。あたしにはなんにもない。

 なんにもなくなってやっと分かった。今まであたしはずっと、「なんでもない自分」を認めるのが恐かったんだ。なんでもない自分から逃げたくて、いっそ死んで無くなりたいなんて思ったりした。売春はそんなあたしにぴったりだった。お金やセックスがいつも「きみはちゃんとここにいる。数時間で何万もの、価値ある存在だ」って思わせてくれた。

 でも本当はこれだったんだ。なんでもない。なんにもない。

 あたしはそのことに気付きたくなかったから、今までひとりにもなれなかった。体売りはじめるときでさえ道男に認めてもらった。でも、今日は全部ひとりでやった。ひとりで辞めた。ひとりで帰ってきた。ひとりの部屋に! ほこらしく思う。あたしでよかったと思う。からだを売ったことだってよかった。もしあのままお勤め生活続けてたら、と想像するとゾッとしてしまう。自分をからっぽに感じて、それを人のせいにしてグチばっかり言いながら、歳をとっていってたかもしれない。

 ついにおでんもなくなって、たまごの黄身がとけたおつゆも全部飲み干した。うつわをすてたら部屋にあるあらゆるものが突然いらなく思えてきた。

 ベッド脇のカラーボックスに積み上げられたたくさんの雑誌。いらない。古いファッション誌を選っているうちにほとんどの雑誌が廃品行きの山になった。デザインの専門誌2冊と学生時代から書きためていたスケッチブック数冊を残して、あとは仕事用の高価なストッキングで束ねた。あのデッサン教室で書いたものは全部破り捨てた。たくさんの写真も、ちょっと迷って全部捨てた。

 去年買ったパールのネックレス。いらない。Uさんに買ってもらったアンティークビーズのネックレスとお母さんにもらったオレンジ色の石の指輪を残して、あとは全部、ゴミ箱に落とした。おでんの入れ物に当たってボトボトと潔い音を立てた。アクセサリーボックスも捨てた。

 ここ1年ちょっとで買いあさった洋服。いらない。スーツ一着と良く着る普段着を残して全部、新しい可燃物のビニール袋に詰め込んで縛った。それからCDもDVDも。見たいときに借りればいい。

 ほんの2時間。部屋の外へ運び出すのに30分。なんだ、たったこれだけしかなかったんだ。そして部屋は、ベッドとテレビと食器と調理道具と、最低限の衣類と今日買った求人誌とあたしだけになった。

 これからどうするかなんて分からない。

 その夜、あたしは大声で歌を歌いながらは求人誌にたくさん赤丸を付け、東京の隅っこの小さな小さなアパートに居座っていた。あたしが好き、人生と今が好き。




Stanley

小菅由美子

★1977年生まれ。
愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。
mixiもやってます。
★ホームページはこちら→らららん。


TAGS: 恋愛とセックス


TOP

© Copyrights Stanley. All Rights Reserved

Created with Stanley template by TemplateMag