
第12回 「千回キスすれば」
新聞記事を読んでも吃驚することなどなくなっていた。何でも有りのこのご時世だから、吃驚する感性が麻痺していたらしい。一昨日の3月17日土曜日の朝日新聞の夕刊の見出しが目に飛び込んできて、思わず「ヘェ〜ッ」と呟いてしまった。
『セックスレス夫婦 厚労省調査 「3組に1組」に増加」』という見出しに続いて、「一カ月間にセックスをしなかった夫婦は35%で、前回の04年調査より3ポイント増えた。45歳以上では46%にのぼり、夫婦間のセックスレスは一段と増加していた。」とある。
多いだろうなとは漠然と思っていたものを、これでは、あの人もこの人も、ということになる。一体どうしたことなんだろう?と唖然とした。夫婦という他人を結び付けているのは心の絆、それを愛というのだろうと思っていた。お互いの愛を確かめ合い、より強固に育んでゆく行為、それがセックスだと、そう思いこんでいた。心にしたって、愛にしたって、つかみどころのない不確かで不完全なもの。「肉体という確かなものを媒介にして、精神という不確かなものを手探りする」(この文言は吉行淳之介)、それがセックスの、生殖から離れたもうひとつの意味だと、私はそう信じていた。だけど、あの人もこの人も、となると、私の信じていることが普遍性を持たなくなりつつある。私が考えているように、セックスは愛情を証明する役割を果たしているとしたら、セックスを介在させずに人は何によってその不確かで不完全なものを証明すればいいのだろう・・・。人と人との深い交わり、愛、セックス、そして、生きる、ということ・・・珍しくそんなことを考えて込んでいる自分に気づいた。
慣れないことはするものではないようです。ぐるぐるぐるぐる考えが巡って、もともと創りの良くない脳みそが煮えたぎってしまいそうになるのです。そんなとき脈略もなく、あるシーンが浮かび上がってきました。それは、10日程前に観たあるミュージカル映画の一場面です。
ニューヨークのイースト・ヴィレッジの通りを歩くコリンズとエンジェル。“I'll Cover You"を歌う二人。
エンジェル「うちに住めば安らげるわ/部屋代は千回のキスよ/恋人になれば/あなたを愛で包むわ」
コリンズ「心を開いて一緒に住もう/面倒な荷物は持ってない/甘いキスを捧げよう/ そばにいて君を守りたい」
2人「愛はお金で買えない/生きる希望をあなたはくれた/運命の人/心の支えになって」
手を取り合い、踊る2人。2人「毛布みたいに温めてあげる/何が起きても、あなたの味方」
露天でコリンズのジャケットを買うエンジェル。
エンジェル「あなたは王様/私はお城」
コリンズ「君は女王様/俺はお城の堀」
2人「愛はお金で買えない/生きる希望をあなたはくれた/運命の人/心の支えになって」
手を取り合い、走る2人。
2人「夢に見ていた真実の愛に出会えた/千回キスすれば/寂しさも消える/千回キスすれば/ 貧乏も忘れる/千回キスすれば/疲れも吹き飛ぶ/千回キスすれば/永遠に愛する/愛しい人よ、そばにいて/愛する人よ、支えてあげる」
2人は唇を重ね、微笑みあう。
エンジェルはドラッグ・クイーンのストリート・ドラマーで、女装のゲイ。HIVプラス。コリンズは黒人男性で哲学教授。HIVプラス。
実は、今回の原稿はあるテーマに決めていました。それが、新聞の記事とこの映画の一場面によって私の脳みそがあらぬ方向に巡ってしまい、こんな内容になってしまったのです。

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