第七回・「生きている体のセックス」

一ヶ月ほど前の9月17日・18日の連休、TAOのクライアントたちと一泊二日で若杉原生林を散策しました。若杉原生林は岡山県の北東端、鳥取県、兵庫県との三県の県境に位置し、森林浴の森日本百選にも選ばれた、ブナ、カエデ、ミズナラ、などの巨木をはじめ199種の樹木が立ち並ぶ美しい原始の森です。

冬は雪深くて、原生林は人を寄せつけません。春夏秋と日程をずらして訪れることにしています。四季の移ろいに合わせて、原生林の風情が変化するのを楽しみたいからです。当日の天気予報は、私たちの行き先に向かって台風の到来を告げていました。参加者の何人かからは、「台風ですが、行くのですか?」という不安げな電話。「まあ、行けば何とかなりますよ」と、全く説得力の無い私の説得に騙されて、結局は、ご夫婦子供づれ、関東方面からの独身OL、TAOの常連クライアントと初参加の方々を交えて総勢24名が全員不安な面持ちで(私を除いて)、六台の車に分乗して神戸を出発しました。

子供づれの歩調に合わせてゆっくりと森の中を散策する。森の中ではいたるところに巨木が根こそぎ倒れていた。都会人は、きっと、道をふさぐ倒木など邪魔、そう思うのだろう。よく見ると、その巨体の地面に接している部分は腐土となって森の大地の一部と化し、朽木の胎内では無数の虫たちが、その幹からはひこばえが誕生し新しい生命の限りない循環が始まっている。森の民たちは、静かに横たわる朽木を、「ナースツリー(森を癒す看護の樹)」と崇めるという。

森の道はどっしりと水分を含んで柔らかく私たちの足を包んでくれる。天上から太陽の光を浴びた葉の緑が目に眩い。足元を流れる小川のせせらぎが心を穏やかにする。樹木や草の匂いが鼻腔を心地よく満たす。清浄な空気が身体に沈殿した滓を洗い清めてくれる。五感が鋭敏になるのが感じられる。森の息吹が五感から脳の奥の快感覚を揺さぶる。原始以来、生物はこの快感に導かれて生きていたという。あらゆる生命体は快感を求めて生きている。熊も蛙もバッタもハエも、ブナ、カエデ、ミズナラも、人間だって同じこと。フロイトは、これを快感原則と概念づけた。

180度の展望が開けている頂上で、『天地人三才功』という気功を行う。下界まで広がる雄大な風水を感じる。力強い不動の山の気、心地よく澄みわたる風の気、降り注ぐ天空の光に心身は溶けこんでゆく。天地の生気が感応して体内に渦巻くのが感じられる。「万物と春なす」、つまり「森羅万象大自然とセックスしたい」と、壮大なエロスを夢想したのは道(タオ)の荘子です。大自然の生気に感応し、大自然とセックスしているように感じてしまっている状態、それを、このように表現したのでしょう。

気功は今回が初めてという、遠来からのMさんが、気功が終わった後で手の掌が微弱な電流が走っているようにジンジンする、と不思議がっていました。大自然の息吹と感応し合ったのでしょう。私たちの身体の表面に張り付いている五感を開放すると、自然な快感を取り戻すことができます。快感こそがお互いの関係を優しいものにし、二人のやわらかい交わりと力強いエネルギーを生み出してゆくになります。

意識など持ちようもなく、ただただ天に向かってすっくと立っている樹木たちのみずみずしい姿を見ていると、ふと私の心に、次のような言葉が浮かんできました。

「体のいのちは、感覚と感情のいのちである。体は本当に飢え、本当の渇きを感じ、太陽や雪を心からよろこび、バラの香り、リラの花を楽しみ、心底から怒り、本当に楽しみ、真に優しく、温かく、情熱し、憎み、嘆く。すべての感情は体に属し、頭はそれを認識するのみなのだ」

『チャタレー夫人の恋人』で有名な、イギリスの小説家 D.H.ロレンスの言葉です。彼は、この短い言葉に、『生きている体のセックス』というタイトルを付けています。ところで、台風はどうだったって?私の予言どおり、何とかなりました。


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