第五回・「聖なる遊び」

「正常位」って言葉を変だな、と思ったことはありませんか? セックス用語から転化して、社会の中で広く普通に使われている言葉に「女性上位」があります。女性が男性よりも強くなった、というような意味なんでしょう。また、最近では、アメリカから「ディープスロート事件」 というニュースがマスコミを賑わかしたことがありました。「ディープスロート」は、アメリカのポルノ映画のタイトルで、咽喉の奥の方に性感帯が有る女性がいて、フェラティオをするときにペニスを咽喉の奥深く咥え込む、というセックステクニックの話らしい。ところが、これが「事件」となって報道されたのは、アメリカの第一級の政治事件のことでした。

言葉は、時にその本来の用いられ方を離れて社会に流通するようです。「正常位」という言葉も、あるセックス体位を指し示すものと了解して、私たちは何気なく使っています。でも、何だかオカシイ。騎乗位、後背位、屈曲位、交差位、伸張位、座位、側臥位、・・・・・などなどのセックス体位の言葉はどれも身体の位置を表しているのに、「正常位」はそうではありません。性科学では「対面位」といいますが、これだと身体の位置になります。そもそも、「正常」なんて言葉は倫理の世界の言葉です。「正常」があるからには「異常」がなければなりません。「正常なセックス体位」、それなら、48手もあるという残る47の体位は異常なのかな。

喜劇王チャップリンは、何人目かの奥さんに離婚の訴証を起されました。フェラティオを強要された、というのが訴えの内容です。裁判所も奥さんの訴えを認め法廷離婚が成立しました。フェラティオの事実が暴露され、チャップリンは一時期変態呼ばわりされるはめになりました。

アメリカのピューリタンは人間の霊性を重んじ、肉体的欲望や快楽は下等なものと、考える禁欲的な思想をもっています。今日のアメリカ社会でもこのようなピューリタニズムの精神は根強く生き残っているようです。この精神文化を引き継ぐ善良たちに許されるセックス体位は、ミッショナリー・ポジション(宣教師が認める正常位)に限られているのです。現在もアメリカのある州の中には、正常位以外のセックス体位は変態者のとる「性の逸脱」として退けるばかりか、夫と妻の間のオーラルセックスを禁じる法律が現在でも生きているのです。チャップリンは、この法律に基づいて奥さんに当局に訴えられ、警察から異常性愛者としてたちどころに逮捕されたのです。

さまざまな生活行為の中でも,性が特別であるのは,それがもっとも「極私秘的」な行為だからです。それは「極私秘的」なものだからこそ、性は私自身といえる。だが、かってミシェル・フーコーは性の領域にすら社会的力や文化の力が及んでいると指摘しました。極私秘的(私自身の)行為が,実は,きわめて社会化された行為であり、社会的イマジネーションによって支えられているとしたらどうだろう。私自身の愛の行為と信じていた性の営みが実は,社会という鎧を纏った何者かの行為だったのだ。 ピューリタニズム文化とは異なり、八百万の神々の私たちの社会でもセックスはタブーのようです。「性の逸脱」となればそのタブーはなおさらに堅固なものになります。セックスのタブーはまだ厳然と生き残っています。

でも、タブーを打ち破れ、とばかり主張するのは余り意味がない、と私は思っているのです。セックスには祝祭的な感覚があって、その秘された、日常からの逸脱こそセックスの魅力であるからです。子どもを生むための行為としてでないエロスは、「聖なる遊び」で、生と死の境界をさまよう超越的な性質をもっています。セックスは、死に至る物語だ、という人類学者もいます。愛撫が始まるや、二人はある種非日常なオートマティズムの中に入り、祭壇の階段を昇り、社会の鎧を纏った堅い自我は、犠の屍体として神に捧げられるのです。「聖なる遊び」の後に甦るのは、たおやかな素のわたし。


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