第12回 アダルトビデオの中にもエロと反エロ!?

最近、アダルトビデオについて書かれた論文、というのを読んだのですが、それが、とっても面白かったんです。この論文は、文化人類学者の方が、AV監督、代々木忠について論じられているとってもまじめなシロモノ。その中で、エロスについて、目が開かれるような説があったので、ちょっと紹介します。それによると、「エロス」とういのは、「性的な相互作用を通じて自己と他者の変容や融合を引き起こす」ものと定義して、そのエロスの関係を無化するような支配を「反エロス」としてます。「反エロス」が何かって言うと、「他者を対等な、自立した存在としてみなさない」行為や考え、人を、ある役割を演じたり、他者が存在しないと価値がないようなものに扱うってこと、としています。そんで、アダルトビデオに代表されるポルノは、ほとんど「反エロス」的なものなんだけど、代々木忠作品には、「エロス」的な関係を表しているんじゃないか、と続いていくのです。

そういわれたら、やっぱり代々木忠作品みたくなり。見ました。そしたら!すっごいよかった!いろいろよかったんですが、ひとつ大きなこととしては、言葉攻めっていうのの概念が覆った!

私は、アダルトビデオの男優がつぶやく言葉攻めって言うのはものすごく嫌いなんです。なんでかっていうと、「○○したいんだろ」とか、「この淫乱め」みたいな言葉が、本当に男の側の「ぼくちゃんたち弱いので、相手を貶めてなんとか上にたつ」、みたいなそんなニュアンスが感じられて、言われている女優も、その言葉に対して、「なんだかなあ。一応興奮するけど」という、そんなダメダメな雰囲気、そこはセックスはあるけど、荒涼とした人間関係しかない、みたいなのがすっごいいやだから。

が、代々木忠が女優を誘導するその「言葉攻め」はちょっと違う。代々木は、自分の欲望を押し付ける形はとらずに、目の前の女が、本当にエロくなりたい気持ちを解放するようにもって行こうとしてて、ちゃんと相手を見て、言葉を投げかけているのです。目の前の人間に、何か言おうとしている。女優さんは、その言葉を足がかりにして、どんどんエロくなり、最後には、上り詰めて開いていく。本当にエロくなっている人は、美しいし、圧倒的です。そこにいたるまでの過程は、そんなにスムーズなものでもなく、それだから、とてもリアルで、予定調和なものにはたどり着かず、「その時に、その人だからおこったこと」になっていくのです。

すごい!今まで私がヤダなあと思っていたアダルトビデオの多くは、この言葉攻めの状況の形だけを真似て、人や自分を、ちゃんと感情がある人格として扱ってないもんだったんだなあ、と。それとともに、ちゃんと相手に働きかけようとしている、ある意味ものすごくまっとうなコミュニケーションが描かれているアダルトビデオは、ものすごくエロい、というのがわかりました。だって、そこに描かれているのは、本当に深い感情としてのエロだから。

自分も、ちゃんと相手がいることを感じて、反応しているセックスあんまりできてないな、と思います。でも、本当は、自分をさらけ出して、相手も素直に全部さらけ出してくれているセックスがしたい。それは、本当に幸福な時間だろうなあ。 快楽が得られる得られない、という尺度じゃなくて、砂場で心から没頭して泥んこ遊びをするようなセックスがしたいなーと思います。もちろん、それは、勉強したり、追及したりしてできるものではないけれど、良質のアダルトビデオを見て、それをやってる人に出会えると、「あれ?こういうこと?」という小さな手がかりをもらえます。

ついに、この連載も一年、今回で最終回です。ラブリーポップさん特別セレクトのアダルトDVDには、ずいぶん、お世話になりました。アダルトDVDもそうなんですが、オーナーのかおるさんのブログや、スタッフさんのブログには、エロエロな人生を生きるためのヒントがいろいろつまってます。そういった、いろんなよいものをいっぱい吸収して、「さようなら、反エロス!こんにちは、エロス」でイキたいっす。そして、最後に、読者の皆様、アダルトビデオが縁でつながった方、ありがとうございました! またどこかでお会いできたらうれしいです★


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