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おとなごっこ

男と女・セックスについてのコラム

ときにはひたすら考えてみよう

 

人間は考える葦である、と言ったのはパスカルでした。「パンセ」の中で「人間は一本の葦にすぎない。自然のなかでもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である……」と述べています。「パンセ」はキリスト教弁証論として生み出されたそうで、しかるに「葦」にもその辺のニュアンスが含まれているのでしょうが、そんなことは凡人のぼくにはわかりません。ただ、世界中の池辺に生息し(世界で最も広い分布を持つ植物だそうです)、脆い構造をした弱い葦という植物に人間をなぞらえた辺りには、少々感じ入るものがあります。

 今から十数年前、ぼくは東南アジアのリゾート地にはまっていました。会社の社員旅行でインドネシアのバリ島を訪ねたのが95年。以来、バリ島をはじめ、タイのプーケット、マレーシアのランカウィ島、シンガポールと歩きまわりました。とりわけバリ島への渡航は回を重ね、半年に一度のペースで都合八回渡航した記録が残っています……他人事のような物言いですが。

 ぼくの旅は現地密着型でして、どこへ行っても現地の人たちと触れ合うことを常道としています。バリ島へ初めて行き、何かに憑かれたかのように帰国後にインドネシア語を学習し歴史を学び、三ヶ月と置かず二度目の渡バリを果たしたのですから、今更ながらものすごいバイタリティだったと感心してしまいます。何がぼくをそこまで惹きつけたのか。そう、女です。というのは嘘です。いや、少なからずそれはありました。現に、その後数回目の渡バリで知り合ったスラバヤ女性(ジャワ島にある商業都市)と、しばらく「仲良く」してましたので。

 八回もバリ島へ行っておきながら、じつはぼくは、いわゆる観光名所を知りません。昼間はホテルのプールでひたすらふやけて、外国人の挙動を観察し、日が暮れると現地のダチを呼び出して夜の街へと繰り出す。その繰り返しでした。南の島を知る方ならわかると思いますが、どういうわけか、あちらでは時間がゆっくりと流れているように感じます。一分一秒を争うかのように動く日本とは大違いです。

 初めてバリ島へ行ったとき、ぼくにはひとつの目的がありました。それは、一日何もせずプールに浸かってみよう、というものでした。そしてそれを行動に移した瞬間、ぼくは覚醒したのだと思います。

 プールで体が冷えてきたら、椰子の木陰にデッキチェアを持っていって休みます。時々現れるビーチボーイと女の子の話で盛り上がったりしつつ、体が火照ってきたなと感じたら再びプールに入る。ただそれを繰り返しているだけですから、時間はたっぷりあるんです。普段日本にいたら考えないようなことも考えます。そこでぼくは、そのたっぷりある時間を使って、自分のことを考えてみることにしました。

 ぼくは何が好きなんだろうか。何をしたいのだろうか。そういうことを、ひとつひとつ具体的に解析し、これまたひとつひとつ頭のなかできちんと文字に置き換えていくんです。ほんと、暇ジンでないとできない作業です。でも、時間はたっぷりあります。

 考えるということは、とても大切なことです。と書くと、わかったようでとても漠然としていますよね。何がどう大切なのかがわかりません。考えるということは、頭の中にある、それまで蓄積されてきた知識や経験を整理し、再度自分で理解できるように翻訳し、ときに、今目の前で繰り広げられている現実と照らし合わせたりしてレポートを書くことです。このレポートは、誰に見せるものでもありませんが、あるときふと、自分の行動にそのレポート結果が反映されることがあるんです。これが面白い。

 自分の行動に根拠を持つ、と書くと多少わかりやすいかもしれませんね。自分が好きなもの、好きなことをしっかりと考えた上で認識していれば、さまざまな場面でそれは役立ちます。ファミレスでメニューを見てどれにしようかと迷うことも無いですし、デパートに行ってから「はて、何を買おうか」と悩むこともありません(そんなことは人それぞれの個性にもよるでしょうが)。

 起承転結という言葉があります。ぼくは趣味で書きものをしていますが、これはとても大切な考え方です。そして、人の行動というものにも、起承転結まではいかずとも、それに近い「連鎖」があるのは間違いないでしょう。ときに「偶発」的に起こる出来事もありますけど、そういう場合ですら、自身のなかで考える作業をしている人は、おそらく適当な連鎖で行動できるのではと思います。

 とはいえ、この一分一秒を争う日本という国にいながらにして、そういう暇ジンがやるような考える作業を行うなんてのは至難です。でもね、出来ればそういう機会を持ってみてほしいんです。自分の行動を振り返り、それをじっくりと時間をかけて解析し考える。自分がわからないと言う人がよくいますけど、そういう人たちの多くは、自分について考えてないのではないでしょうか。わからないから考えるんです。考えずともわかるなら、考える必要などありません。

 時は金なり。昔の人は、いいことを言いました。  自分に与えられた「時」を、上手に使いたいものですね。




Stanley

神崎ヒロイ

1962年東京下町生れ、在住。98年、ウェブで創作活動開始。2002年、大人が自然 体で愉しめるコンテンツを目指して、サイト「ヲトナごっこ」を立ち上 げる。セックスや恋愛をテーマとしたコラムを中心に、小説、エッセイ、ポエム 等の著作物から、写真や、文字と写真を組み合わせた作品等を公開中。05年夏、 学生時代の音楽仲間とおやじバンド「4-BLOOD」を結成。現在そちらにご執心中 につき、創作活動は停滞中。


TAGS: 恋愛とセックス


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