ＴＡＯ
「妻はどうも不感症気味だと思います。そちらで妻を感じる女にしてもらいたい」という内容のメールをいただいた。夫は３２歳、妻は２８歳で、結婚して二年余り、子供はまだない。お互い深い愛情で結ばれていて、セックスも週に３〜４回の営みがある。何としても妻の感じる様子を見たい、という一途な思いが伝わってくる文面です。
それから一週間のちの日曜日の夕暮れ、裕美さんはTAOを訪れて来た。夫に促されてやむなく来たのだと、言った。緊張と不本意な縦じわが眉間にくっきりと刻まれている。言葉も胸の途中に引っかかっているように途切れる。
夫は私を愛している。私も夫を愛している。夫は懸命に感じさせようとしているのが良く分かるのです。だけど、私の方がそれほど気持ちよくならなくて・・・。自分でも、感じない女なのだと思っている、と言う。夫が喜ぶことだからと思って、感じる女になりたいのだけど、どこかで諦めもある、とすこし投げやりに呟いた。
長いカウンセリングの後、意を決したように毅然とした表情で施術台に身を横たえた。愛する夫のために・・・無言のメッセージが伝わってくる。この時、私は裕美さんを愛おしく感じた。乳房や乳首、クリトリスや性器などのセクシァルポイントは避けて、抵抗感のない身体ポイントに慎重に触れてゆく。裕美さんの全身の感覚マップが浮かび上がってくる。私の掌が吸い寄せられるように感覚ポイントを刺激する。
施術を終えた後の裕美さんの顔は、まるで観音菩薩のように神々しく輝いている。彼女は、鏡の向こうにある自分の顔を不思議な面持ちでじっと見つめていた。決してオーガズムには達していなかった。それでも、歓びの声を発したのは初めてだと言った。これが自分の身体だとは信じられない、と繰り返し呟いた。
抱擁してキスをする、乳房をもみしごき乳首を吸う。指につばをつけてクリトリスをまさぐり、舐める。膣に指を入れて長い間かき回す。膣の奥を激しく突かれると、内臓痛のような鈍痛が走る。それが嫌だから、挿入してもらう。次から次へと体位を変えて、長い時間ピストンが続く。その途中で、いつもあの鈍痛に見舞われる。
「君は不感症かも」と夫に言われてTAOを訪れた。心因性の過去に性を拒絶するような事件でもあったのなら別だが、そうでなければ、不感症なのではなくて、不感症にさせられてしまったのだと、私はそう思っている。
“人は女に生まれない。女になるのだ”――ボーヴォワール女史の有名な箴言だが、女は不感症に生まれない、不感症にさせられたのだ、とそれは同じ意味だと思う。
それにしても夫婦の性を追い続けてきて痛感するのは、日本の夫婦の性状況の貧しさです。もちろんこれは夫婦だけに限らない。若者の性も、老人の性も決して豊かに開かれているわけではない。しかし、夫婦という、いわば性関係を公認された男女の間のこの貧しさは、どういうことだろうと考え込んでしまう。結婚数年にして妊娠、出産を期に語り合い、触れあいとしての性を、おちこぼしてゆく夫婦たち。そして、巷に氾濫するパターン化した性のテクニックや部分拡大されたオーガズム情報。
その後、裕美さんの夫とは数回メールを交換することになった。夫婦のセックスは相変わらずで、裕美さんに期待する変化はない、とぼやいている。裕美さんとも内々に相談して、夫をTAOに連れてきて施術の現場を目の前で見ていただくことにした。
愚直なほど真剣に裕美さんを愛している、その深い愛情に私の心が動かされた。私は遠慮なく裕美さんの夫に向かった。寺島しのぶ、豊川悦司主演の『愛の流刑地』という映画を観た知人から聞いた話の内容に、こんな台詞があった。
「女には２種類あるわ、エクスタシーの世界を知る女と、知らない女。つまり男にも２種類あるのよ。女をエクスタシーの世界に導ける男と、導けない男」
この台詞を交えながら、裕美さんの夫とじっくりと穏やかに話し込んでいた。大きくため息をつきながら頷く夫のそばで、裕美さんは涙ぐんでいた。
裕美さんが思いつめたような表情でTAOを訪れてから約半年が過ぎ、月に一、二回のご夫婦との交流で、夫は裕美さんのオーガズムの深さを知ることによって満足し、裕美さんは夫のすべてを受け入れて応える自分に満足し、確かな性の快楽を共有しあうようになった。
愚直なまでに自分たち夫婦の性に向き合い、自分の殻を打ち破り、新たな夫婦関係を構築し直した、裕美さんご夫婦に花束を捧げたい、との思いでこの一文をしたためました。
Inju
[AGE]忘れました
[STYLE]１７４cm ６４kg スリムで筋肉質
[FAVORITES]現代美術/山歩き/倖田來未/コリンヌ・リシェヌ/吉行淳之介/ウロ・クレー/ドゥビッシー
[SEXUALITY]Bisexual
[PROFESSION]セクシァル ヒーリング TAO/セックスセラピスト（自称）/気功・東洋療法士
