KAMEYAMAⅣ~vol.13 業の深い女、その1。

 

結婚30年たつ年上の女友だちが、

「うちの夫、浮気してるかもしれない」

という話を聞いたのは半年ほど前のこと。その夫は私も知っている。社交的で楽しい人ではあるが、妻に隠れて浮気をできるようなタイプではなさそうな気がしていた。
「つきとめたわ。怪しい女」
彼女がそう言いだしたのは、3ヶ月前だ。仕事関係で知り合ったらしい30代の女性が怪しいのだという。夫の携帯電話を見ると、彼女からのメールがよく来ている。しかし、男女の関係を表わすような内容ではないらしい。
「あまり勇み足をしないほうがいいよ」
と私は言っておいた。

ところがなんと、彼女はその30代の女性に会いに行ってしまったのだという。
「たまたま会社の近くまで来たから、挨拶に来ましたって言っただけよ」
彼女はそう言うが、相手の女性はどう思っただろう。
「その人、ごく普通の人だったわ。夫がいつもお世話になっていますと言ったら、こちらこそってにこやかに。夫と関係があるとしたら、あの笑顔はたいした役者だわ」
いやいや、それは本当に仕事だけの関係なのでは? いきなり妻に乗り込まれたら驚くだろう。やり過ぎなのではないか。そう諫めると、彼女はふっと涙ぐんだ。
「私、20年くらい前に夫に裏切られたことがあるのよ。それからずっと、また起こるんじゃないかと、心のどこかでびくびくしてた。今度あったら、絶対に徹底的に阻止してやるって決めたの」
なるほど、そういう過去があったのか。それにしても、頻繁にメールが来ているというだけで会社に乗り込まれるのは、相手の女性にとっても迷惑な話なのではないか。
「夫は私のもの。ずっとそう思って尽くしてきたのよ。今さら取られてたまるもんかという気持ちが強いのもしかたないでしょう」
いつも穏やかな彼女が攻撃的な口調になる。それほど、過去の裏切りの記憶は,今も彼女の傷となって残っているのだろう。

夫として罪が深いなあと思うと同時に、妻である彼女が女としていかに業が深いかと思いいたる。もし私だったら、そのとき、関係が壊れるほどケンカしたとしても、20年間、忸怩たる思いを抱え続けるのは無理だと思うから。彼女は20年前の浮気発覚時、言いたいことを言い切れずに耐えてしまったらしい。だからこそ、今もそのときの悔しさが消えないのだろう。

最近、ときどき「女の業」とは何かを考えることがある。「夫は私のもの」と断言できる強さと、取られるのではないかとびくびくしている弱さ。女としてのこのアンバランスさが、「女の業」の一端なのかもしれないなと思う。

 

 

 


著者:亀山早苗
明治大学文学部卒業後、フリーランスライターとして活動。夫婦間、恋人間のパートナーシップに関する著作多数。女性の立場から、男女間のこまやかなコミュニケーションのひとつとしてセックスを重要視する。 亀山早苗公式サイトはこちら・カフェ・ファタル

人はなぜ不倫をするのか 亀山早苗(著)

発売日: 2016/8/6
「人はなぜ不倫をするのか」。きっと少なくない人が、その答えを探している。本書はこの問いかけを第一線で活躍する8名の学者陣にぶつけた本だ。「ジェンダー研究」「昆虫学」「動物行動学」「宗教学」「心理学」「性科学」「行動遺伝学」「脳」。さまざまなジャンルの専門家が、それぞれの学問をベースに不倫を解説する。